戦争と社会の構造

講和と徹底抗戦──なぜ二つの戦争は異なる終わり方をしたのか

第一次世界大戦は「講和」で、第二次世界大戦は「無条件降伏・徹底抗戦」で終わった──。この違いは、単に戦局や指導者の性格の差ではなく、国民感情・体制構造・戦争観の違いが生んだものである。本稿では、その構造的違いを5つの視点から分析し、「戦争が...
戦争と社会の構造

勝つ見込みの無い中なぜ止められなかったのか──第二次世界大戦末期のドイツにおける人間心理の罠

市民も軍人も「負け」を知っていた──終末感のなかの沈黙 1944年。ドイツ第三帝国の終焉は、誰の目にも明らかになりつつあった。東ではソ連軍が押し寄せ、西では連合軍がノルマンディーに上陸し、イタリアではムッソリーニ政権が崩壊。制空権は完全に失...
戦争と社会の構造

背後の一撃──第一次世界大戦の敗戦神話とドイツ国民心理

1918年11月、ドイツは第一次世界大戦を終結させた。しかし、その終わり方は“敗北”というよりも“講和”と映った。 前線で決定的な壊滅がなかったこと、戦火がドイツ本土に及ばなかったこと、そして政府が講和に踏み切ったことで、多くの国民は「まだ戦えた」「裏切られた」と感じるようになった。
倫理・思想

アブラハムの神は完全か?──信じることと、問い続けること

神は、本当に完全だったのか? 旧約・新約・コーランに描かれる姿から、スピノザ、カント、キルケゴール、そしてニーチェへ── 信仰と理性のはざまで、人間は“神の欠け”をどのように受け止めてきたのかを探っていく。
倫理・思想

文化は枠から逃れられない──反抗と共感の時代精神

反抗する者は、やがて文化になる。 ヒッピーも、パンクも、SNSの言論も、最初は既存の価値観への異議申し立てだったはずだ。 だがそれらは時間とともにスタイル化し、共有され、再生産され、ついには「文化」として定着する。 さらに今、21世紀の人々...
倫理・思想

悪法も法なり? それとも抵抗は義務か?──法と正義のあいだに揺れる私たちの選択

「悪法もまた法なり」と語ったソクラテス。 「不正な法には従うな」と語ったジェファーソン。 対立するように見えるこの二つの立場だが、実はどちらも“社会とどう向き合うか”という問いに誠実に応えていた。 ここではソロー、ガンジー、キング牧師など歴...
思考実験

ラプラスの悪魔が問いかける「自由」と「未来」

「この宇宙のすべての粒子の位置と動きを正確に把握できる存在がいたとしたら──その存在には、未来も過去も、すべて見えているだろう」 そう語ったのは、18世紀フランスの数学者ピエール=シモン・ラプラス。 彼が想定した“全知の知性”は、のちに「ラ...
歴史・文明

官僚軍閥のなかの異端児──石原莞爾という戦略家

戦前の日本陸軍にあって、戦術よりも戦略を語った異端の軍人がいた──石原莞爾。 満洲事変を仕掛け、日米の最終戦争を予見した彼は、理想家か、それとも冷徹な現実主義者だったのか。 その功と罪をたどると、そこには“戦略なき国家”の構造的な欠陥が浮か...
比較人類学・文明論

遺伝子の多様性が高すぎても低すぎても文明発展に不利?

人類史における文明の興隆と停滞――それは「才能」や「意志」で語られることが多い。だが近年、文明の発展には遺伝的多様性という構造的条件が深く関わっていた可能性が指摘されている。本記事では、クアムルル・アシュラフとオデッド・ガロールによる201...
思考実験

性欲とは本能か、脚本か──“自然な欲望”という幻想

本能って、そもそも何? 「性欲は本能である」 この言葉は、あまりにも当たり前のように語られている。まるで「呼吸するように自然なもの」として、性欲の存在は人間の根源に据えられている。 しかし、ここで立ち止まって考えたい。 「本能」とはそもそも...
歴史・文明

支配のかたち──植民地主義の多層構造と内在性

なぜ同じ国が異なる支配を使い分けるのか 帝国とは、単一の支配装置ではない。それはつねに「中核」と「周縁」、「支配」と「同化」、「内と外」を併せ持つ構造体である。 イギリスはインドを「植民地」として扱った一方で、アイルランドを「王国の一部」と...
歴史・文明

搾取の終焉──帝国はなぜ合理性を失ったのか

帝国はなぜ「搾取するほど損をする」構造に陥ったのか 帝国は、利益のために領土を拡げた。だがその拡張がやがて本国の足を引っ張る負債と化す。これは感情論でも倫理の問題でもない。純粋な損得の話である。 イギリスにとってのインド、フランスにとっての...
歴史・文明

帝国主義と知の支配──なぜ学問は体制と衝突するのか

現代において、「帝国」という言葉は過去の遺物のように響く。だが果たして、帝国主義は本当に終わったのだろうか? このシリーズでは、帝国とは単なる軍事力や領土支配ではなく、知の正当化、経済の合理性、そして内在する支配構造の三層で成り立つ複雑なシ...
経済史

貨幣は滅びるか?──崩壊した世界で価値は再び生まれるか

貨幣は文明の副産物であり、制度の中に生きる。では、もし文明が崩壊し、制度も国家も失われたら──お金は、価値は、交換はどうなるのだろう? 舞台は世紀末209x年、、崩壊後の世界。そこでは仮想通貨も紙幣も役に立たず、人々は“必要なもの”を通貨の...
人類の起源と考古学

「無政府状態=無防備」なのか?──アナーキズムと“自衛する社会”の可能性

「国家がなければ、誰が国を守るのか?」アナーキズム的な社会構想に対して、必ず投げかけられるこの問い。 確かに、国家なき社会は従来の“国防”という枠組みでは脆弱に見える。だが、武力や防衛は、国家に独占されなければならないのだろうか? 本稿では...
人類の起源と考古学

国家は誰のものか?人格化された国家から装置としての国家へ

国家とは何か?と問うと、多くの人がなんとなく「偉いもの」「守ってくれるもの」と答える。それはいつからそうなったのか。 本来、国家は“人々が共同生活を運営するための仕組み”だった。だが、近代のある時点から、国家は人格を持ったかのように語られ、...
人類の起源と考古学

交換が社会をつくるモースの『贈与論』が照らす“与えあう秩序”の原型

「与える」「受け取る」「返す」──この三つの動作だけで、社会が秩序を持つとしたら? 国家も法律も暴力も存在しない世界で、人びとはどうやって関係を築いてきたのか。フランスの人類学者マルセル・モースは、答えを「贈与(ギフト)」の中に見いだした。...
人類の起源と考古学

「国がなければ無秩序」は嘘?グレーバーが見た“もうひとつの秩序”

「国家がなければ秩序は崩壊する」という常識に異を唱える、グレーバーのアナーキスト人類学を読み解く。九龍城砦の事例も交え、もう一つの秩序の可能性を考察。
経済史

貨幣とは“意味”である

──石も紙も豆も、価値を生むのは人間の想像力だった ※この記事はシリーズ「貨幣とは何か?」の第6章(最終章)です。前回(通貨は信用だけで成り立つのか?)では、現代の通貨制度が「信用という抽象的な信頼」の上に成立しており、紙や数字すら超えて機...
経済史

通貨は信用だけで成り立つのか?

──数字という幻想に、私たちはなぜ価値を感じるのか 前回(もしカカオが世界通貨になっていたら)では、「豆本位制」という架空の通貨制度をもとに、価値の裏付けや制度的信頼がどのように貨幣を支えているかを考えました。 今回は、いよいよ現代の通貨制...
経済史

もしカカオが世界通貨になっていたら?

── 金本位制 豆本位制で読み解く、通貨制度と信用の逆説 前回(アステカの通貨は“チョコの素”だった)では、アステカ文明で実際にカカオ豆が通貨として流通していた事実と、なぜ金ではなく豆が選ばれたのかを見てきました。 今回はその延長として、も...
経済史

アステカの通貨は“チョコの素”だった?

──金ではなくカカオに価値を見出した文明の話 前回(貨幣は貴金属である必要があるのか?)では、貨幣が必ずしも金や銀のような貴金属である必要はなく、制度と信用がその価値を決めてきたことを見てきました。 今回はその具体例として、アステカ文明で実...
経済史

貨幣は貴金属である必要があるのか?

──価値を保証するのは、モノではなく意味だった 前回(貨幣はなぜ生まれたのか)では、貨幣の起源が「物々交換の不便さを解消するため」ではなく、「負債の可視化」と「制度による信用」によって生まれたことを解説しました。 今回はさらに一歩進めて、「...
経済史

貨幣はなぜ生まれたのか

──物々交換という“嘘”から始まる通貨の正体 本シリーズでは、アステカのカカオ通貨や現代のフィアットマネーを例に、「価値とは何か」「信用とは何か」を掘り下げていきます。 第1章では、貨幣の起源をめぐる「通説」と「反証」から出発し、そもそも貨...
歴史・文明

「その人物は実在したのか?」──歴史のなかの神話と記憶を読み解く

歴史を語るとき、私たちは時として不思議な宙吊りの地に立たされる。「それって、本当にあった話なの?」「その人物、実在したの?」──そう問いたくなるような話が、歴史の中で紹介されていることがある。 歴史上の人物について書かれた解説文を読むと、「...