文化は枠から逃れられない──反抗と共感の時代精神

倫理・思想
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反抗する者は、やがて文化になる。

ヒッピーも、パンクも、SNSの言論も、最初は既存の価値観への異議申し立てだったはずだ。

だがそれらは時間とともにスタイル化し、共有され、再生産され、ついには「文化」として定着する。

さらに今、21世紀の人々は国境よりも「時代の共通感覚」によって結ばれている。

過去の価値観を理由に分断をあおる言説がある一方で、現代に生きる私たちは、どこかで互いの「共感可能な他者」としての距離感を縮めつつある。

文化は枠であり、枠を壊すこともまた、別の枠を生む──

本稿では、反文化の逆説と、時代によって変わる文化的価値観をめぐって、その構造を読み解く。

文化とは秩序であり、無意識のルールである

「文化」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは芸術や伝統、あるいは宗教や言語といった目に見える要素かもしれない。しかし文化とは、本来もっと広い意味を持つ。文化とは、人々が暗黙のうちに共有し、正しいと思い込み、日常の中で再生産している“常識”の構造である。

たとえば、見知らぬ相手には敬語を使う。葬儀では黒い服を着る。電車では静かにする。こうした行動は、誰かに教えられたというより、空気のように身につけたものであり、それを破ったときにはじめて違和感や非難が生じる。つまり文化とは、目に見えない「枠組み」として機能する秩序の装置である。

この“枠”の特徴は、それが可視化されない点にある。文化は多くの場合、「破られたとき」にしか認識されない。だからこそ、個人がどれほど自由に振る舞っているつもりでも、その行動の裏には無意識の文化的規範が潜んでいる。笑い方、怒り方、謝罪の仕方。すべての表現には、その社会が定める“適切さ”の基準が染み込んでいる。

さらに文化は、「共有」を前提としている。ある個人が奇抜な行動をしたとしても、それが他者と共有され、模倣され、繰り返されなければ文化とはならない。したがって文化とは、個人の内面から生まれるのではなく、社会的な関係の中で成立する構造体である。

このように文化は、私たちが「自然」や「自分らしさ」と思っているものの多くを、あらかじめ決定している。そしてその枠は、あまりに見えにくいために、反抗しようとしても容易には抜け出せない。

それでは、こうした文化の“枠”に抗おうとする行動──いわゆる「反文化」は、本当に枠からの脱出になっているのだろうか?

それとも、反抗という行為そのものが、すでに新たな文化を形成してしまっているのだろうか?

抵抗が文化になる──ヒッピー、パンク、アナーキズムの逆説

「既存の価値観なんて、まっぴらだ」

そう言って社会に背を向けた人々が、気づけば“〇〇文化”と呼ばれるようになっていた──こうした現象は、20世紀後半以降に繰り返し現れた。最も象徴的なのが、ヒッピーやパンクといった反体制運動の系譜である。

1960年代のアメリカ。ベトナム戦争と大量消費社会への反発の中で、若者たちは「国家」「戦争」「家族制度」といった社会の土台にノーを突きつけた。彼らは自然との共生を掲げ、ドラッグや音楽による新しい感覚の世界を追求した。自由な愛、衣服、暮らし方。こうした“脱社会”の実践が、のちに「ヒッピー文化」と呼ばれるようになった。

次いで1970年代には、イギリスを中心にパンクが台頭する。政治も音楽も腐っている。そんな怒りをむき出しにして、粗野で挑発的な音楽、反権威的なファッションが生まれた。「NO FUTURE(未来はない)」という言葉は、当時の若者の切実な世界観だった。

しかし、皮肉なことに、これらの反体制的なスタイルは、急速に「新しい様式」として定着していく。ヒッピー風の服装は市販され、パンクファッションはファッション誌に載り、DIY精神(自分の手で作り、発信する反体制的な姿勢)は広告のキャッチコピーになった。反抗という行為が反復され、それが他者によって模倣され始めた瞬間、そこにはすでに“文化の枠”が出来上がっている。

つまり、「自由であること」「何にも従わないこと」という理念であっても、それを実践する集団が一定の様式や価値観を共有したとき、それは“反文化”ではなく“文化の一形態”として認識されるようになる。

この構造は、アナーキズムなどの思想的運動にも当てはまる。たとえば、国家や権力の存在を否定するアナーキストたちも、理念・象徴・行動様式を共有するうちに、次第に「アナーキスト文化」と呼ばれる一つの枠組みを形作っていく。

反抗することは、必ずしも自由を意味しない。

むしろ、反抗という行為が形式化され、他者と共有されるとき、それは新たな“文化の秩序”となってしまう。

猿トル
猿トル

DIY精神とは?
DIY(Do It Yourself)精神とは、「自分の手でやる」という考え方。
もともとは日曜大工や修理の意味で使われていたけれど、1970年代のパンク文化で一気に広がったんだ。
バンドの自主制作、手書きのZINE、改造服──
何でも既成のものに頼らず、自分たちで作ることで「体制に従わない姿勢」を示したんだよ。
でもその精神が、やがて広告や商品として「売れるスタイル」に変わっていったのは、皮肉な話だよね。

デリダの脱構築と“反抗の構造化”

文化の枠組みに抗い、逸脱しようとする運動が、なぜいつの間にか新たな“枠”となってしまうのか──その問いに真正面から向き合った思想家の一人が、フランスの哲学者ジャック・デリダである。

デリダが提唱した「脱構築(deconstruction)」とは、私たちが当たり前だと思っている概念や価値観、制度の構造を解体し、その背後にある力関係や偏りをあぶり出す思考法である。たとえば、「理性/感情」「男性/女性」「中心/周縁」といった対立概念は、西洋思想の中で長らく前者が優越するものとして構築されてきた。デリダは、こうした一見自然に見える構造こそが文化の“暴力性”を隠していると考えた。

だが、デリダは同時にこうも述べている。

「中心を否定する行為は、新たな中心を生み出しやすい」と。

つまり、「体制に従わない」「既存の秩序を壊す」といった運動も、それが他者と共有され、言語化され、反復されていく中で、やがて“反抗の正しさ”や“逸脱の様式”が確立されてしまう。これは、中心の解体を目指していたはずの行為が、知らぬ間に別の中心=新たな文化的規範を生んでしまうという逆説である。

この構造は、ヒッピーやパンクだけでなく、現代のあらゆる“正義の運動”にも見て取れる。反差別、反体制、フェミニズム、脱資本主義──本来は権威への異議申し立てだったはずの行動が、次第に「正しい姿勢」として様式化され、形式的に守られる“マナー”に変わっていく。「何に抗うか」よりも「どう抗うか」が問われるようになったとき、そこにはすでに新たな文化の秩序がある。

デリダの脱構築は、そうした“形式化された反抗”さえも批判の対象とする。あらゆる言葉は常に別の言葉との「差異」の中でしか意味を持たない。だからこそ、文化に抗う行為もまた、文化の言語体系の中でしか表現され得ない。そして、表現された瞬間に、それは新たな意味の秩序に組み込まれてしまう。

結局のところ、文化に完全に抗うことはできない。抗おうとする瞬間に、それはすでに文化の一部になっているからだ。

では、その構造に気づいたとき、人間の「自由」はどうなるのか?

抗うことでさえ構造化されるこの社会において、私たちはどこまで自由でいられるのか?

猿トル
猿トル

ジャック・デリダってどんな人?
ジャック・デリダ(1930–2004)は、フランスの哲学者で、「脱構築(deconstruction)」という考え方で有名なんだ。
脱構築っていうのは、「当たり前」とされている意味や概念を、言葉の中からほぐしていく手法のこと。
たとえば、「文化vs自然」とか「理性vs感情」とか、そういう対立構造を見直して、「そもそもその区別って成り立ってるの?」と問い直す。
デリダは、「言葉は常にズレていて、本当の意味にはたどり着けない」と考えた。
でもその“ズレ”こそが、自由な思考や新しい価値を生むと信じていたんだ。
ちょっと難しいけど、言葉や文化の枠組みを疑う視点をくれた人、と言えばわかりやすいかもしれないね。

資本主義は反体制すら飲み込む

文化に抗う運動が、やがて新たな文化として固定化されていく過程には、もう一つの強力な力が作用している。資本主義である。

ヒッピーやパンクが登場した当初、それはあくまで社会への異議申し立てだった。政府、軍事、企業、家族制度、学校教育──あらゆる既存の枠組みに対して「ノー」を突きつける象徴だった。だが、その姿勢やファッション、音楽、言語が注目を集めると、それはただちに「消費されるスタイル」へと変化する。

自然との共生を掲げたヒッピーは、やがて「オーガニック」や「エコ」という商品カテゴリーに変わり、怒りと破壊を叫んだパンクは、安全ピンやレザージャケットとして量販店に並ぶようになる。体制に抗うアイコンが、ファッション誌の特集やブランド戦略の一部として再利用される光景は、もはや見慣れたものだ。

この吸収力の背後には、資本主義の本質がある。それはあらゆる差異や対立、異物までも「価値」として商品化するシステムだ。異端は目新しさになり、違和感は個性になる。そこに需要があれば、抵抗ですらビジネスの素材になる。

むしろ、体制に順応するものよりも、体制に抗うものの方が新鮮で魅力的に見える分、市場にとっては利用しやすい。だからこそ反体制の文化は、最も早く資本主義に取り込まれる対象でもある。逸脱は商品になる。反逆はブランドになる。

このメカニズムは、ポストモダン以降の社会で顕著になった。かつては街頭で怒鳴られ、逮捕されたような主張や姿勢が、いまやTシャツのロゴになり、ポップアップイベントで祝福される。それが本来どういう文脈で生まれたかは問われない。問われるのは「映えるか」「売れるか」「共感されるか」だ。

結果として、文化に抗うはずだった行為が、資本主義という巨大なフレームの中で、別の形の秩序に組み込まれていく。誰かが作った抵抗のスタイルは、それを真似る他者によって市場価値を得る。そして一度市場に乗ったものは、もはや純粋な抵抗とは言えなくなる。

このようにして、資本主義は文化だけでなく、反文化までも“原材料”として扱う。逸脱や否定という行為すら、あらかじめ消費されるべきコンテンツとして折り込まれている。それこそが現代社会の構造であり、文化から抜け出すことの難しさを象徴している。

時代が人をつくる──国よりも価値観を決めるもの

文化とは、その時代の空気や常識、価値観の集合である。そう考えるなら、私たちの行動や感覚は、「どこの国に生まれたか」よりも、「いつ生きているか」によって左右されていると言える。

たとえば、今の日本の若者と、同じく2020年代を生きるイギリスの若者を比べたとき、驚くほど共通点が多い。

SNSでの自己表現、サブカルチャーの共有、ジェンダーや多様性に対する意識、環境問題への関心。

こうした価値観の多くは、国家という境界を超えて、世界規模で共有されている。

一方で、現代のイギリス人と、19世紀のイギリス人はどうか。植民地支配を当然とし、階級や人種の差別を前提としていた過去のイギリス人と、民主主義や人権、多文化主義を前提とする今のイギリス人とでは、価値観の前提がまるで異なる。

むしろ、現代の日本人の方が現代のイギリス人に近い感覚を持っている。

これは文化の水平的共有、つまり「同時代的な価値観の伝播」が、国家単位を超えて進行していることを意味している。テクノロジーの発展やグローバル経済、教育水準の平準化が、この共有のベースになっている。結果として、同じ時代に生きている他国の人々の方が、過去の自国民よりもはるかに“理解可能な他者”となる。

この視点に立てば、「国民性」や「伝統文化」といった枠組みの相対性が浮き彫りになる。私たちは「国の一員」としてよりも、「時代の一部」として文化を生きている。そして、文化の変化は国境をまたいで、時代という水平線の中で広がっている。

国民性という幻想──「想像の共同体」としての文化

「日本人は勤勉で協調性が高い」

「フランス人は個人主義」

「ドイツ人は几帳面」

こうした“国民性”のステレオタイプは、日常的にもメディアでもよく耳にする。しかし、このような「国ごとの性格づけ」は、どこまで本質的なものなのだろうか。

社会学者ベネディクト・アンダーソンは、著書『想像の共同体』の中で、国民という存在は自然発生したものではなく、歴史的に構築されたフィクションであると述べた。

国家という単位で互いを「同胞」とみなす感覚は、教育制度や新聞、言語の標準化、儀礼や記念日などのメディア装置によって“想像”されたものだという。

つまり、国民とは「実際に顔を合わせたことのない何千万という人々」を、心の中で「私たち」と感じる仕組みであり、それは近代になって作られた人工的な枠組みにすぎない。

国民性もまた、その延長にある。特定の時代、特定の社会構造の中で形成されたイメージが、あたかも永続的な性質のように語られているにすぎない。

たとえば、戦前の日本人は「自己犠牲と忠誠心」が美徳とされたが、それは天皇制・軍国教育・農村共同体といった構造の中で強化されたものであり、同じ民族であっても戦後以降は価値観が大きく変わった。

だとすれば、「日本人らしさ」とは何なのか。

どこに不変の本質があるというのか。

しかもこの国民性という概念は、しばしば分断の道具として用いられる。他国の過去の行為を、現代の人々にそのまま重ねて語るとき、そこには「国民とは一つの連続した人格である」という前提がある。しかし、すでに見てきたように、文化的価値観は時代によって大きく変化する。同じ国の過去と現在のあいだにすら、深い断絶がある。

つまり、「国民性」とは文化の本質ではなく、文化の中に作られた“物語”にすぎない。それはあるときは誇りを生み、あるときは差別や排除を正当化する装置になる。

そしてその物語が更新されない限り、過去の対立や偏見は温存され続ける。

文化からは逃れられないが、選ぶことはできる

文化とは、私たちが日々無意識に従っている枠組みであり、行動や思考の「当たり前」を形づくっている。そこには秩序があり、安定があり、同時に見えない圧力もある。そして、そうした文化に抗う者たちが登場するたびに、私たちは「自由とは何か」を問い直す。

しかし、ヒッピーやパンクの例に見られるように、反体制の運動や価値観さえも、共有され、模倣され、形式化されることで文化へと変質していく。反抗もまた、一定の様式と共感を得た時点で、すでに別の枠組みの一部になってしまう。しかも現代社会では、資本主義という仕組みがその吸収を加速する。逸脱や異端ですら、市場にとっては魅力的な素材でしかない。

そして、こうした文化の構造は国家という単位にもあてはまる。かつては「国民性」や「民族文化」といった枠組みが、人間のアイデンティティを決定づけるものと考えられていた。しかし、今や文化は国境を越え、時代の空気の中で水平的に共有されている。現代を生きる人々は、過去の同胞よりも、遠く離れた他国の同時代人の方に、より強い共感を抱くことがある。

このように、文化は逃れがたい構造であると同時に、流動的でもある。完全に文化の外に出ることはできない。だが、それを自覚し、どの枠を選ぶか、どこに違和感を持つか、何を模倣しないか──そうした選択は残されている。

反文化が文化になってしまう構造。

国よりも時代が人をつくるという事実。

そして、変わらぬものと信じられてきた国民性の揺らぎ。

それらを見つめることで、私たちは文化という「枠」に閉じ込められるのではなく、「枠を意識しながら生きる」ことができる。その意識のあり方こそが、成熟した文化の中で自由を模索するための出発点となる。

文化に抗うことは、文化をつくることである。

ならば私たちは、何を選び、何を継承し、どんな形で生きていくのか──

その問いを、自分自身の文化の中で、立ち上げていくしかない。

猿トル
猿トル

文化から自由になろうとした人たちが、やがて「らしさ」を持ち始めたとき、それはもう別の文化になっていたのかもしれない。
自由を目指したはずなのに、気づけばまた別の枠に収まっていた──そんな結果になったとしても、自分がどんな“枠”の中にいるかに気づけた人は、きっと、他人の“枠”にも少し優しくなれると思う。

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