──価値を保証するのは、モノではなく意味だった
前回(貨幣はなぜ生まれたのか)では、貨幣の起源が「物々交換の不便さを解消するため」ではなく、「負債の可視化」と「制度による信用」によって生まれたことを解説しました。
今回はさらに一歩進めて、「なぜ貨幣は金属(特に金・銀)であるべきとされたのか?」「本当に物理的価値は必要だったのか?」を問い直します。
金・銀は貨幣として自然に選ばれたのか?
人類の多くの文明で、金や銀などの貴金属が貨幣として使われてきた。
では、それは「金属が貨幣にふさわしいから当然」だったのか?
答えは「そうとは限らない」。
実は、貨幣に金属が使われてきたのは偶然の積み重ねと、制度的な理由によるところが大きい。
なぜ金属が貨幣に向いていたのか? 物理的理由
以下のような理由から、金属(特に金・銀)は確かに貨幣に適していた:
希少性 : 採掘や精錬が大変=簡単に増やせない
均質性 : 溶かせばどれも同じ=測定可能
分割性 : 小さくしても価値を保てる
不変性 : 腐らない・酸化しにくい
魅力 : 美しい・光る=「神聖さ」の象徴にもなりやすい
つまり、金属は「物理的に優れていた」……のは確かだが、だから貨幣になったわけではない。
実は「金属以外の貨幣」もたくさんあった
歴史を見れば、金属以外にも貨幣として使われたものは数多い。
アステカ : カカオ豆
食べられるけど通貨
太平洋・ヤップ島 : 石
巨大な石貨。動かさずとも「持ち主」が認識されていた
中国古代 : 布や貝
形が象徴的なだけでなく、制度的に流通
西アフリカ : 鉄棒・布・塩
日常的な必需品が通貨に
これらはどれも、「信用されていたから」流通していた。
つまり、貨幣に必要なのは金属かどうかではなく、信用の制度があるかどうかなのだ。
信用こそが貨幣の本質
近代以降、通貨の主流は不換紙幣(フィアットマネー)になった。
これは「金(ゴールド)との交換を前提としない=実体的価値がない」紙幣である。
それでも人々が受け取るのは、次の2つの理由から:
国が価値を保証している 他人も受け取ると信じている
ここに、貨幣の本質がある。
「信用されていれば、なんでも貨幣になりうる」
ということだ。
「信用貨幣論」の視点から見ると…
経済思想における信用貨幣論(Credit Theory of Money)では、貨幣とは次のように定義される:
貨幣=誰かの負債の記録(ex. 銀行預金は銀行の債務) 紙幣も政府の債務(受け取ってくれと主張している) 貨幣は、最初から「物」ではなく「信用の伝達装置」だった
この立場に立てば、金属である必要はまったくない。
貨幣は“物”の姿をした“意味”だった
金や銀は便利だった。だが、それが貨幣になったのは、「これに価値がある」と信じられたから。
そしてそれを信じさせたのは、国家、宗教、制度、文化──つまり「人間の物語」だった。
貨幣に価値を与えるのは、モノの性質ではなく、社会が共有する“意味”である。

金はなぜ腐らない?
実は金(Au)は非常に安定した元素で、酸化も腐食もしにくいんだ。
火山地帯などで自然に“純金塊”として見つかることもあるよ。
ただし、腐らないからって流通に向いてるとは限らないのが、貨幣の奥深さなんだ。
次回では:
本当に金属以外のものが貨幣として機能していた事例を紹介します。
実際にアステカ文明では「カカオ豆」が通貨だったって、知ってましたか?
シリーズ:貨幣とは何か?
- 貨幣はなぜ生まれたのか
- 今読んだ記事→ 貨幣は貴金属である必要があるのか?
- アステカの通貨は“チョコの素”だった?
- もしカカオが世界通貨になっていたら?
- 通貨は信用だけで成り立つのか?
- 貨幣とは“意味”である
- 貨幣は滅びるか?──崩壊した世界で価値は再び生まれるか



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