社会主義革命の父レーニンは社会主義者を敵視していた?

倫理・思想
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レーニンは一般に、社会主義革命を成功させた人物として語られる。
十月革命、ソビエト政権、生産手段の国有化──こうしたイメージが重なると、彼が社会主義を推し進めた指導者であることは疑いようがない。

だが歴史の細部をたどると、もっとも激しくレーニンが対立し、罵倒し、排除してきた相手は、資本家でも帝政ロシアの官僚でもなく、むしろ社会主義者を名乗る人々であった、という逆説に行き着く。

この「社会主義の体現者が社会主義を敵視する」という奇妙な構図は、レーニンの思想と政治戦略を理解するうえで欠かせない視点である。

レーニンが“敵視”したのは、外部ではなく“内部”である

革命史を読むと、レーニンがもっとも辛辣な言葉を向けたのは、

  • 社会民主主義
  • 農民社会主義
  • 空想的社会主義

といった競合する社会主義諸派である。
彼らは同じ「社会主義」という看板を掲げていたが、レーニンから見ればそれこそが危険であり、最優先で排除すべき対象だった。

外部の敵(資本家、地主、帝政官僚)はわかりやすい。
しかし内部の異論は、同じ言葉を使うが中身が違うだけに、より深刻な脅威として映った。
レーニンの敵意は外側ではなく、むしろ社会主義陣営の中に向けられていたのである。

なぜ社会主義者同士が最大の敵になるのか

レーニンにとって社会主義とは、単なる価値観や倫理ではなく、科学的法則に基づく唯一の体系だった。
マルクスが描いた歴史の必然性を軸に、革命の主体、革命の段階、権力掌握の方法が厳密に決まっているという前提がある。

そのため、同じ「社会主義」を名乗りつつ、別の解釈や手段を提示する勢力は、
「誤った科学」
「革命を誤らせる危険思想」
として徹底的に批判される。
これは宗教における「正統派 vs 異端」の関係と酷似している。むしろ外部の異教徒より、内部の異端のほうが激しく攻撃される構造がある。

レーニンの政治はまさにこの構図をなぞっていた。

レーニンが敵視した3つの社会主義

1. 穏健な社会民主主義

ドイツSPDを中心とする議会主義的社会主義は、選挙や漸進的改革で社会主義を実現しようとする立場である。
資本主義の枠内での改善を重視し、革命を避ける姿勢が特徴だ。

レーニンはこれを
「ブルジョワに屈した偽装社会主義」
と呼び、最も激しく攻撃した。
議会での多数派獲得を重視する姿勢は、レーニンにとって革命を妨害する行為でしかなかった。

2. ロシアの農民共同体社会主義

ロシアにはミール(農村共同体)に自然な平等社会を見る思想があり、ナロードニキに代表される農民中心の社会主義運動が広がっていた。

レーニンはこれを
「道徳と共同体意識に依存した非科学的社会主義」
として退ける。
農民は階級構造が複雑で革命の主体にならないという判断が背景にあった。

3. 空想的社会主義(ユートピア主義)

平和的共同体や倫理改善を出発点にするユートピア社会主義は、マルクス=エンゲルスの時代から批判の対象だった。
レーニンもこれを継承し、階級闘争の否定や善意による社会変革を断固として排除した。

これら三者はいずれも「社会主義」と名乗っていた。
だからこそレーニンは、彼らを自分の政治路線の“最大の敵”と位置づけたのである。

レーニン自身は社会主義を否定していない

こうした過激な排除姿勢を見ると、レーニンは社会主義そのものに否定的だったかのように見える。
しかし実際には彼が肯定した社会主義はただ一つ、
「科学的社会主義」=マルクス主義の正統解釈
である。

その特徴は明確だ。

  • 生産手段の国有化
  • 労働者国家の権力独占(プロレタリア独裁)
  • 計画経済
  • 社会主義は共産主義への第一段階

この枠組みこそが唯一の社会主義であり、それ以外は社会主義ではない──レーニンはそう考えていた。

つまりレーニンは社会主義を否定したのではなく、
自分の定義以外の社会主義を否定した
のである。

NEP(新経済政策)は敵視の証拠ではない

レーニンが市場経済を一部容認したNEP(新経済政策)は、彼が社会主義を放棄した証拠としてよく挙げられる。
だが実際には、食料不足や農民反乱を抑えるための一時的措置であり、レーニン自身は
「社会主義への二歩前進のための一歩後退」
と説明している。

NEPは妥協ではあったが、社会主義否定ではない。
レーニンは目的(社会主義)を見失っていなかった。

レーニンは社会主義を敵視した。ただし「自分以外の社会主義」を

レーニンの闘争の中心にあったのは、外部の資本主義と戦うことではなく、
内部の“異なる社会主義”を排除し、自らの社会主義を唯一の正統として確立することだった。

したがってこうまとめられる。

レーニンは社会主義を敵視していた。
ただしそれは、自分が“正しい”と認めた科学的社会主義以外のすべてである。

この排他的な姿勢は、その後のソ連体制に深く刻まれることになる。
異端排除、イデオロギーの独占、党の集中化──これらの源流は、すでにレーニンの時代に胎動していた。

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