2025-06

人類の起源と考古学

なぜ農耕は同時多発したのか──人類の進化と『偶然』の謎

人類の歴史は、実に30万年近くが狩猟採集の暮らしに費やされてきた。ところが今からわずか1万年前、人類は突如として「農耕」という新たな生存戦略を選び始める。しかもそれは、メソポタミアだけではなかった。中国、アメリカ大陸、アフリカ……地球上のま...
歴史・文明

なぜ日本は苗字で人を呼ぶ国になったのか──制度が作った呼称文化と世界の比較

私たちは日常的に、職場でも学校でも人を「苗字」で呼ぶことに違和感を感じない。けれど、時代劇では「〇〇殿」「〇〇さま」と下の名前で呼ぶ場面が目立つ。実は日本も、かつては名前呼びが当たり前だった国だった。なぜ苗字がこれほど一般化したのか? それ...
倫理・思想

母系的価値観とフェミニズム──“もうひとつの構造”が語る社会の可能性

「母系社会」と聞くと、女性が主導する平等で平和な社会を思い浮かべる人も多いかもしれない。実際、フェミニズムの文脈では、かつて存在したとされる“女性が中心の社会”が理想として語られることがある。しかし、母系社会とは本当に女性が支配する社会だっ...
比較人類学・文明論

米と小麦が世界を分けた──農業と民主主義の関係

小麦と米の違いが、なぜ社会制度や人口構造の差を生んだのか? 農業の労働特性と収量効率から、中央集権と民主主義の起源を読み解く。 ジャレド・ダイヤモンドや梅棹忠夫とは異なる筆者独自の視点で迫る文明論。
比較人類学・文明論

言語はなぜ崩れるのか?──まとめ

言葉は、なぜ崩れるのか──この問いをめぐって、私たちは音と文字のズレ、文法の揺れ、社会と権力の関係、そしてマイノリティの声にまで目を向けてきた。 それは単なる“言語の変化”ではなく、「人間が社会をどうつくり、どう変わってきたか」の記録でもあ...
比較人類学・文明論

言葉は誰のものでもある──共通語とマイノリティのせめぎあい

「正しい日本語を使いましょう」「標準語で話しなさい」。こうした言葉の裏には、無意識のうちにある“言語のヒエラルキー”が潜んでいる。だが本来、言語とは誰かの所有物ではなく、人々のあいだに生まれ、受け継がれ、変化していく共有財のようなものだった...
比較人類学・文明論

正しさは誰が決める?──言語規範と“誤用”という幻想

なぜ「誤用」と呼ばれるのか? 言語にはしばしば「正しい使い方」と「間違った使い方」が存在するとされる。たとえば―― 「ら」抜き言葉(見れる・食べれる)は誤り? 「的を得る」は本来「射る」だった? 「全然大丈夫」は“間違った日本語”? これら...
比較人類学・文明論

言語は崩れるほうが強い?──不規則性が生む柔軟性と多様性

言語は変化する──それはもはや前提として受け入れられている。だが、その変化は必ずしも“崩壊”や“劣化”を意味するのだろうか? たとえば、文法の例外、不規則な動詞、意味の揺れ。一見すると非効率で混乱の元に思えるが、実はそうした“不規則さ”こそ...
比較人類学・文明論

なぜ発音とスペルはズレていくのか?──英語とフランス語の“不一致”を解剖する

英語を学ぶ人なら誰しも一度はこう思ったことがあるはずだ。 「なぜ“knight”が“ナイト”と読むんだよ!」「“colonel”が“カーネル”?いや無理あるでしょ……」 このように、スペルと発音のズレは英語学習者にとって最大の障壁のひとつだ...
比較人類学・文明論

自然言語はなぜ崩れるのか?

私たちが日々使っている自然言語──日本語や英語をはじめとするそれらは、はじめから「秩序ある体系」として設計されたわけではない。時代とともに崩れ、混ざり、ねじれながら変化し、それでも“使われ続けたもの”だけが生き残ってきた。 本シリーズでは、...
歴史・文明

正統性は作られる──南北朝と天皇神話のねじれ

歴史には、誰かが作ったフィクションが、やがて誰も疑えない「真実」になる瞬間がある。日本の天皇制もまた、その典型だった。南北朝の正統性のねじれから、明治政府による自己正当化、そして昭和の狂信へ──。「正統性とは何か?」という問いを通して、歴史...
倫理・思想

偶然と奇跡の境界線を考える

数年前、当時2歳の娘がレゴブロックで遊んでいた。 カラフルなブロックを30個ほど、無心に組み合わせては笑い、また壊していた。大人の私からすれば何を作っているのかはわからない。けれど、その作品にはなんともいえない魅力があり、それは大人の発想で...
歴史・文明

書字方向の文化史──文字はなぜ右から左、左から右になったのか?

古い日本語の看板や本で見かける「右から左に書かれた横書き」。なぜあんなふうに書かれていたのか、不思議に思ったことはないだろうか。 文字の進む方向は、単なる習慣ではなく、刻む道具や書く動作の都合から生まれ、時代とともに変化してきたものだ。本記...
戦争と社会の構造

戦争はなぜ終われなかったのか──「終わらせる」という選択と、私たちの時代

本シリーズでは、第一次・第二次世界大戦を中心に、戦争がなぜ長期化し、終戦が困難だったのかを、 心理・制度・記憶・体制・感情・責任構造といった多層的視点から見てきました。 最終回ではこれらを総合し、「戦争を終わらせる」とは何かという問いを、歴史・現在・人間社会の普遍的構造として総括的に考察します。
戦争と社会の構造

終戦のあとに戦いが始まる──責任と記憶をめぐる“戦争の後始末”

戦争の終結は始まりにすぎない。戦犯裁判、記憶の共有、占領政策、記念碑、教育を通して「平和」はどのように制度化されるのか──戦争の“後始末”が現代社会に与えた影響を探る。
戦争と社会の構造

講和と徹底抗戦──なぜ二つの戦争は異なる終わり方をしたのか

第一次世界大戦は「講和」で、第二次世界大戦は「無条件降伏・徹底抗戦」で終わった──。この違いは、単に戦局や指導者の性格の差ではなく、国民感情・体制構造・戦争観の違いが生んだものである。本稿では、その構造的違いを5つの視点から分析し、「戦争が...
戦争と社会の構造

勝つ見込みの無い中なぜ止められなかったのか──第二次世界大戦末期のドイツにおける人間心理の罠

市民も軍人も「負け」を知っていた──終末感のなかの沈黙 1944年。ドイツ第三帝国の終焉は、誰の目にも明らかになりつつあった。東ではソ連軍が押し寄せ、西では連合軍がノルマンディーに上陸し、イタリアではムッソリーニ政権が崩壊。制空権は完全に失...
戦争と社会の構造

背後の一撃──第一次世界大戦の敗戦神話とドイツ国民心理

1918年11月、ドイツは第一次世界大戦を終結させた。しかし、その終わり方は“敗北”というよりも“講和”と映った。 前線で決定的な壊滅がなかったこと、戦火がドイツ本土に及ばなかったこと、そして政府が講和に踏み切ったことで、多くの国民は「まだ戦えた」「裏切られた」と感じるようになった。
倫理・思想

アブラハムの神は完全か?──信じることと、問い続けること

神は、本当に完全だったのか? 旧約・新約・コーランに描かれる姿から、スピノザ、カント、キルケゴール、そしてニーチェへ── 信仰と理性のはざまで、人間は“神の欠け”をどのように受け止めてきたのかを探っていく。
倫理・思想

文化は枠から逃れられない──反抗と共感の時代精神

反抗する者は、やがて文化になる。 ヒッピーも、パンクも、SNSの言論も、最初は既存の価値観への異議申し立てだったはずだ。 だがそれらは時間とともにスタイル化し、共有され、再生産され、ついには「文化」として定着する。 さらに今、21世紀の人々...