宗教はかつて、政治の正統性を支え、権力を隅々まで行き渡らせる仕組みだった。日本の神社やヨーロッパの教会は、信仰であると同時に統治のネットワークでもあったのである。
近代化の過程で「政教分離」が進み、宗教は政治から切り離された。代わって登場したのが民主主義という制度だった。だがその実態は、制度というより信仰に近いのかもしれない。選挙は儀式、多数決は教義、そして「民意」という不可視の存在を信じる点において、民主主義は宗教とよく似ている。
歴史が示すのは、信仰が薄れたとき、政治体制は崩壊するという事実だ。では、民主主義への信仰は、この先も揺るがずに続くだろうか。
政治と宗教の重なり
近代に入ると、「宗教と政治を切り離すべきだ」という原則が生まれた。ヨーロッパでは宗教戦争の惨禍を経て、国家は特定の宗派に依存する危うさを学んだのである。やがて「政教分離」という理念が定着し、政治は宗教の庇護を借りずに自らの正統性を示そうとした。
その代わりに前面に押し出されたのが制度である。立憲君主制や立法国家といった枠組みは、神の名に頼るのではなく、人間自身の合意によって政治を運営する試みだった。その究極の形が「民主主義」である。
しかし、制度が信頼を集めるためには、単なる仕組み以上のものが必要になる。人々がそれを「絶対に正しいもの」と信じ込まなければ、制度は形骸化し、秩序は維持できない。ここで制度は、宗教が果たしていた役割を代替することになる。
民主主義という信仰
今日、私たちは「民主主義こそ唯一の正しい体制だ」とほとんど無意識に信じている。だが、その姿をよく観察すると、宗教の構造と驚くほど似通っていることに気づく。
選挙は定期的に繰り返される「儀式」であり、多数決は疑いを許さない「教義」として機能する。さらに「民意」という不可視の存在を仮定し、その声を代弁する者が正統性を持つ――これはまさに信仰の枠組みにほかならない。
もちろん、民主主義は宗教そのものではなく、あくまで人間が設計した制度である。だが、人々がその理念を信じ続けることによってのみ成り立っている点では、宗教と同じ脆弱さを抱えている。
歴史は繰り返し、こう告げている。信仰が薄れたとき、政治体制は崩壊する。
ならば、私たちの時代における民主主義への信仰は、この先も揺るがずに存続していくのだろうか――。
皇帝から教皇へ──ローマに受け継がれた権威
古代ローマ皇帝は単なる世俗の支配者ではなく、「ポンティフェクス・マキシムス(最高神官)」という宗教的地位をも兼ねていた。つまり、政治と宗教の両面を一手に握る存在だったのである。帝国の安定には軍事力だけでなく、神々の加護を示す宗教儀礼が欠かせなかった。
ところが西ローマ帝国が滅びると、政治的な統一は失われる一方で、宗教的権威はローマ司教──すなわち後のローマ教皇に引き継がれていった。興味深いことに「ポンティフェクス・マキシムス」という称号も、やがて皇帝から教皇へと移される。形式上、皇帝の宗教的役割が教皇にスライドした形だった。
中世ヨーロッパでは、この宗教的権威がしばしば世俗権力を凌駕した。国王が正統な君主として認められるには、教皇から戴冠を受ける必要があったのである。まさに「教皇が王をつくる」時代だった。
しかし近代に入り、状況は一変する。イタリア統一運動の過程で教皇領は失われ、1929年のラテラノ条約以降、ローマ教皇はわずかなバチカン市国を領するのみとなった。今日、教皇にはかつてのような直接的な政治権力はほぼ存在しない。ただし、カトリック信徒は今なお世界に10億人以上おり、教皇の発言は外交や国際世論に大きな影響を及ぼす。
古代の皇帝から現代の教皇まで、形は変わってもローマという都市が「政治と宗教の正統性の象徴」であり続けた事実は、政治と宗教の切っても切れない関係を物語っている。



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