小説はしばしば「近代ヨーロッパで生まれた新しい文学ジャンル」と説明される。しかし、源氏物語や千夜一夜物語など、近代以前から「小説的な作品」は世界各地に存在していた。違いは内容そのものではなく、ジャンルをどう定義するかという歴史的な線引きにある。ヨーロッパが『novel 』を定義した背景と、各地域がそれをどのように受け止めたのかを見ていく。
小説と物語の境界はどこにあるのか
小説と物語は、しばしば同じものとして扱われる。どちらも登場人物が出来事を経験し、時間の流れの中で因果関係を結ぶという基本構造を持つ。では両者の違いはどこにあるのだろうか。
重要なのは、小説と物語の違いは「内容」ではなく「ジャンル意識」にあるという点である。
物語は、人類が古来から語り継いできた形式の総称だ。神話や伝説から説話集、演劇や映画までを含む幅広い枠組みである。一方、小説は近代ヨーロッパで「人間の心理や社会をリアルに描く長編散文」という特徴を持つ新しいジャンルとして定義された。
したがって、源氏物語や千夜一夜物語も「物語」としては小説的であるが、それが「小説」と呼ばれるのは近代的な枠組みが導入されてからに過ぎない。違いは内容そのものではなく、歴史的にどうラベルづけされたかにあるのだ。

「小説」という言葉は中国の古典にすでに出てきていて、意味は“くだらない噂話”。
それを明治の知識人が近代文学の看板に据えたのだから、言葉の運命って面白いよね。
ヨーロッパが novel を定義した背景
小説というジャンルが本格的に定義されたのは、17〜18世紀のヨーロッパである。
それまで文学の主流は、ホメロス以来の叙事詩やシェイクスピアに代表される戯曲だった。散文の物語も存在してはいたが、それらは説話や騎士道物語といった「娯楽」や「教訓」の枠に収められており、独立した文学ジャンルとはみなされなかった。
しかし近代に入ると状況は大きく変わる。
印刷技術の普及によって長編散文の流通が可能になり、市民社会の成立とともに、王侯貴族ではない「普通の人間」の日常や心理を描いた作品が求められるようになった。宗教や英雄譚に縛られず、個人の人生そのものを描く文学が時代に必要とされたのである。
そこで登場したのがデフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)、リチャードソンの『パメラ』(1740)、フィールドィングの『トム・ジョーンズ』(1749)などである。これらは従来のジャンルには収まらず、「新しいもの」を意味する novel という言葉で呼ばれるようになった。
つまり、小説とはヨーロッパが「既存の枠に収まりきらない散文」を整理するために生んだ、新しいジャンルラベルだったのである。
なぜ novel が従来の枠に収まらなかったのか
小説というジャンルが本格的に定義されたのは、17〜18世紀のヨーロッパである。
それまで文学の主流は、ホメロス以来の叙事詩やシェイクスピアに代表される戯曲だった。散文の物語も存在してはいたが、それらは説話や騎士道物語といった「娯楽」や「教訓」の枠に収められており、独立した文学ジャンルとはみなされなかった。
では、なぜ novel は従来のジャンルに入れられなかったのか。
1. 叙事詩では収まりきらなかった
叙事詩は英雄や神々を描き、韻文による壮大な形式を伴う。
しかし近代社会で求められたのは、英雄ではなく「普通の人間」の日常生活や心理。散文でこそ描ける微細な感情や会話は、叙事詩のフォーマットでは扱いきれなかった。
2. 戯曲では表現しきれなかった
戯曲は舞台上の対話を前提としており、内面の独白や細やかな心理描写を展開するには制約が大きい。
舞台に上がらない「心の声」や、長期にわたる人生のプロセスを追うには、散文形式のほうが適していた。
3. 説話や寓話では浅すぎた
中世の説話や寓話は短く単純な構造で、教訓を伝えるのが目的だった。
だが新しい散文作品は「教訓」ではなく「人生そのもの」を描こうとした。道徳的教えを付け足すよりも、人間の心理と社会の現実を描くこと自体に価値を置いたのである。
こうして、叙事詩でも戯曲でも説話でもない、新しい散文文学が現れた。それを表すために、「新しいもの」を意味する 『novel』という語が必要になった。
各国における呼び名と分類の仕方
小説というジャンル名は国や言語ごとに異なるが、大きく分けると二つのタイプがある。
物語の語を拡張したタイプ
多くの国では、すでに存在していた「物語」を意味する語をそのまま拡張し、近代小説も含めてしまった。
- フランス語:roman(もとは「ロマンス語で書かれた物語」)
- ドイツ語:Roman(フランス語から借用)
- スペイン語:novela
- イタリア語:romanzo(短編は novella)
- アラビア語:riwāya(伝承・物語の意)
- 中国語:小说(本来は「くだらない話」だが、大衆文学を経て近代小説を指す語に)
これらの地域では、近代小説は既存の「物語」の延長に位置づけられた。
新しい語を立てたタイプ
一方、英語や日本などでは「物語」系の語ではなく、新しい言葉を立てた。
- 英語:novel(「新しいもの」の意)
- 日本語:小説(中国古典の語を再定義して使用)
- インド:upanyās(展開された語りの意)
- タイ:nawaniyai(新しい物語の意)
これらの地域では、近代小説を従来の物語と切り分け、新しいジャンルとして強調する方向をとった。
つまり、日本は「小説」という新しい語を立てた国のひとつであり、決して特別ではない。
むしろ英語やインド、タイなどと同じく、既存の「物語」では収まりきらないジャンルを示すために新しいラベルを導入した国といえる。

フランス語の roman は、最初は「俗ラテン語で書かれたもの」というだけの意味。高尚さとは無縁の言葉だったのに、今では文学の王道になっている。
ベトナム語の「tiểu thuyết」は中国語「小説」の借用。近代に西洋文学を輸入する際、中国経由で用語も伝わった。
英語 novel とスペイン語 novela は兄弟語源。
- 英語:フランス語 nouvelle から入り、「新しいもの」という意味を保ったまま近代に「新しいジャンル」として採用。
- スペイン語:中世から「短い物語」を意味しており、近代に長編を含む形で拡張された。
日本が「小説」を選んだ事情
明治期に「novel」を翻訳するにあたり、日本の知識人はあえて「物語」という既存の言葉を選ばなかった。
理由は単純で、「物語」は古典や江戸の娯楽作品を思わせ、近代的リアリズム文学を受け止めるには不向きだったからである。
そこで採用されたのが「小説」という語だった。
これは中国古典では「つまらない噂話」を意味していたが、日本ではまったく別の意味を与え直し、「人情と世態を写す芸術」として位置づけられた。
つまり、novel を既存の「物語」で訳さず、実質的に新しいラベル『小説』を作って対応したのである。
この選択によって、日本では「物語」とは別に「小説」というジャンルが制度化され、近代文学の中心に据えられた。
明治の翻訳語という発明
明治期、日本の知識人たちは西洋の新しい学問や思想を輸入するにあたり、膨大な翻訳語を生み出した。特徴的なのは「ゼロから新しい言葉を作る」というより、すでに存在する漢語の意味をずらして新しいジャンルのラベルに仕立てた点である。
- 哲学(philosophy)
本来の意味は「知を愛すること」。だが日本では「哲学」という二文字を当て、従来の「賢人の学」的なニュアンスから、西洋の近代的思索体系を示す語に変えた。 - 経済(economy)
中国古典にある「経世済民(世を経め、民を済う=世を治めて人々を救う)」の略で、もともとは政治の理想を指す言葉だった。それを西洋の economy に対応させ、「富や生産活動を扱う学問」の意味に変えた。 - 小説(novel)
古代中国では「くだらない噂話」という低いニュアンスだった。これを日本の明治人が採用し、坪内逍遥らによって「人情と世態を写す芸術」というまったく新しい価値を与えられた。
このように、明治の翻訳語は「既存語を借りつつ、意味を大きくシフトさせて新しいジャンルのラベルにした」点に独創性がある。
結果としてこれらの言葉は日本語に定着し、やがて中国や韓国など周辺諸国にも逆輸入されていった。



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